榎忠(えのき・ちゅう) CHU ENOKI
1944年香川県生まれ。働きながらデザインを学びたいと16歳で神戸に移り住む。20歳の頃から市内のデッサン教室に通うなど本格的に絵画制作を開始、初の個展となった68年の「生成」展では、死と隣り合わせにある生の不気味、不可解を幻想的なタッチで描いた絵画作品約20点を発表する。翌年、洋画家の鴨居玲らと洋画研究所〈0〉を設立。日本の公募展の姿勢に疑問を持ち、所属していた神戸二紀(二紀会兵庫支部)を脱退する。

70年「グループZERO」を結成。神戸の市街を都市劇場に見立て、集団で繰り広げる数々のハプニングを先導。万博のシンボルマークを体に焼き付け褌姿で闊歩する「裸のハプニング」(東京・銀座ほか)など、単独のパフォーマンスも次々と行う。

77年、自宅を会場とする個展「EVERYDAY LIFE MULTI」を開催。自らも頭髪や髭など体毛の半分を剃り落とした姿(=半刈り)で街や電車の中を歩きまわる。同年「ハンガリー国へハンガリで行く」を決行。79年、2日間限りの個展会場に出現した伝説の酒場「Bar Rose Chu」では、網タイツ姿の妖艶な女店主に扮し自ら観客に酒を振舞った。

こうした一見人を食ったようなハプニングやパフォーマンスを続けるいっぽう、鉄の廃材や金属部品から生み出される機械彫刻やオブジェ群では、大砲や銃、原子爆弾といった殺人兵器から、ダイオキシン、果ては宇宙に捨てられるゴミまで、身の回りに潜む危機や不穏因子に着目。全長数十メートル、総重量数十トンといった超スケールの作品も数多く発表、その桁外れの想像力と創作力で常に観客の度肝を抜いてきた。

金属部品を丹念に磨きあげ、積み木のように積み上げたインスタレーションによる近作は、公私にわたり「鉄」と関わりあってきた榎の積年の思いとエネルギーが込められた充実作として、高い評価を得ている。

2006年大阪での大規模な個展(KPOキリンプラザ)、2007年豊田市美術館での篠原有司男との二人展、同年の森美術館「六本木クロッシング2007:未来への脈動」展での受賞など、伝説のアーティスト榎忠の活動領域は確実にアートの表舞台を侵食し始めている。