1985年以来、写真を使ったセルフポートレイトを造り続ける森村泰昌。しかし彼の自画像は素の自分をそのまま再現するのではなく、自ら興味をもった人物や、ときには物になってその姿を描くという点で、古今東西数ある自画像とは一線を画すものです。

あるときは銀幕の大女優、あるときは20世紀の偉人たち。そして名画の中の人物や静物に扮した森村のユニークな自画像は、作家と作品と社会をめぐる現代芸術が内包するさまざまなテーマを浮かび上がらせながら見る者の目を釘付けにしてしまう不思議な魅力を放ちます。

「森村泰昌展 美術史としての私[抄]」では、森村の主要作のひとつである通称「美術史シリーズ」から、その嚆矢となったゴッホの肖像などの約30点を精選して展覧いたします。

名画の登場人物になりきるために、それが描かれた時代背景や経緯、画家の社会的地位や制作時の心情など、こと細かに研究するという森村。しかし、成り切ろうとすればするほど否応なく気づかされる画中の人物と自身との差異。翻ってそれは「自分とは何か?」という問いに自らが対峙することでもあります。

果てしなくこだまする「自分とは?」との問いの中で、繰り返し他人になってニセの名画に入り込む芸術家。それを展示して見せる美術館。そして鑑賞者…

「美術史シリーズ」は、芸術作品を取り巻く制度をも足下から揺さぶる危険に満ちています。