少女椿
本作品は、昭和の街頭紙芝居、浪花清雲作『少女椿』(全21巻/オール画劇社)を元に描かれた丸尾末広の代表作品。貧しい家の娘が両親と生き別れ不幸な暮らしを強いられるも最後には再会を果たし幸せになる、という当時定番だった物語の舞台を見世物小屋に移し、丸尾的エログロで脚色を加え、1983年8月号から1984年7月号まで官能劇画誌『漫画エロス』(司書房)で連載されたが、その驚異的な画力で描かれた耽美な世界は当時からオルタナティブコミック界では話題となっていた。 1984年9月、株式会社青林堂から単行本が発売されると異例の売れ行きを見せ、アンダーグラウンド界に大きな衝撃を与え、その影響はマンガ界だけにとどまることなく、これまでアニメ映画「地下幻燈劇画 少女椿」(監督:絵津久秋=原田浩/1992年)、舞台「廻天百眼十発目劇場公演『少女椿』」(脚本・演出:石井飛鳥/2011年)、映画『少女椿』(監督:TORICO/2016年)が上映・上演されている。また、『少女椿』の主人公「みどりちゃん」は『新世紀エヴァンゲリオン』のヒロイン綾波レイのキャラクターデザインに影響を与えたことは有名な話だ。 エログロ、耽美、レトロな世界が徹底的に描かれた丸尾作品に魅了される少年少女は今も後をたたず、その入口のほとんどが『少女椿』とされている。また、フランス、イタリア、台湾などから翻訳出版され海外にも熱心なファンが多く、国内での個展でも海外からのファンで溢れかえっている。現在単行本は『改訂版 少女椿』として青林工藝舎から発売されている。
パノラマ島綺譚
江戸川乱歩の名作『パノラマ島綺譚』をコミカライズ。乱歩のコミカライズは数多くあるが『パノラマ島綺譚』はこれまで発表されることがなかったが、この独特な怪奇幻想小説を見事にマンガで表現。原作に忠実ながらも明智小五郎を登場させたりと乱歩ファンの心をくすぐる演出も散りばめられ、そして幻想と狂気が作り上げた楽園パノラマ島の描写は目を疑うばかりの美しさ。その美しさの裏で息を顰める人工物に宿る狂気が一体となって解放される快感が、これ以上ない最高のビジュアルとして目の前に広がる。これまで誰もなしえなかった丸尾末広の『パノラマ島綺譚』コミカライズは、乱歩の「現世は夢 夜の夢こそ真実」という言葉と見事に融合する傑作。 『コミックビーム』2007年7月号より連載開始。2008年単行本化(KADOKAWA)。2009年「第13回手塚治虫文化賞新生賞」を受賞、「陶酔と狂気、幻想と惑乱に満ちた世界を装飾美豊かに視覚化し、新たな魅力を吹き込んだ」と評価された。
腐ッタ夜
『腐ッタ夜』(初出・『漫画ハンター』1981年4月号) 『腐ッタ夜 エデイプスの黒い鳥』(初出・『漫画ピラニア』1981年12月号) 『腐ッタ夜 ちんかじょん』(初出・『漫画快楽号』1982年1月号) 1981年から1982年にバラバラの雑誌に掲載された3連作。江戸川乱歩の『芋虫』や谷崎潤一郎作品を背景に、高畠華梢を彷彿させる密度の濃い美しい筆致で描かれたエログロを含む猟奇的な禁断の愛。表の世界では決して許されない人間のタブーを土着性と淫靡性を十分に絡めながらの見せ方には、目を背けたくとも凝視してしまう強い魔力がある。美と醜悪の狭間に現れる人間の本性を美しすぎる絵柄で表現する作品は海外でも人気が高い。 当時、音楽や演劇の世界にも影響を与えたアングラ耽美系漫画の代表作家とも言える丸尾末広の『少女椿』と並ぶ、美しすぎる初期問題作。
無抵抗都市
『無抵抗都市』(初出・『月刊漫画ガロ』1993年5・6・11・12月号) 敗戦後の東京闇市を舞台に描かれた中編作。冒頭にある「連続婦女暴行殺人の色白の色魔K」は当時世間を騒がせた死刑囚、小平事件の小平義雄のことで、主人公セツ子につきまとう平井と名乗るナゾの奇形の小男にその存在を重ねている。ガダルカナルに出兵したまま帰らぬ夫を待ちながら、飢えと絶望の極限状態の中で生きるセツ子とその息子の前に突然現れた平井に肉体と精神を翻弄され、仕舞いには平井に殺された息子の人肉とは知らずに焼き鳥として闇市で売り、挙げ句の果てに平井の子を妊娠してしまい地獄の底に突き落とされる。 敗戦の惨めさと猟奇的悪夢を背景に描いた人間像は中編ながらも優れたストーリーとして評価も高く、中期の代表作となっている。これ以降、ストーリー性の高い長編作品(原作付きを含む)を意欲的に描いている。
丸尾末広
漫画家。1956年に長崎県生まれ。独学で絵を描き始め、1980年に短編「リボンの騎士」でデビュー。以来、美しさと猥雑なエッセンスを織り交ぜた独自の作風で『漫画エロス』、『ガロ』を中心に多くの作品を発表してきた。代表作には、『少女椿』や『パノラマ島綺譚』、『トミノの地獄』などがある。また、手塚治虫文化賞新生賞や日本漫画家協会賞優秀賞などを受賞。丸尾末広の作品は、日本国内だけではなく世界中に多くの支持者を生み出し、アメリカやヨーロッパの出版社からも多数刊行されている。